過敏性腸症候群(下痢・便秘・腹痛・膨満感)
過敏性腸症候群とは
過敏性腸症候群 Irritable Bowel Syndrome(IBS)
過敏性腸症候群(IBS)は、腸が正常にはたらかない病的な状態のことをいいます。
下痢や便秘を主な症状として、腹痛、胸やけ、おなら、腹部膨満感、便失禁、不安感などの不快な症状をともないます。
検査をしても腸に明らかな原因(腫瘍、潰瘍、炎症性腸疾患など)はみつかりません。
消化器外来の約半数を示すほど、たくさんの人を悩ましています。患者数は国内で推定1200万人とされています。
原因
精神的なストレス、食生活の偏り、持って生まれた胃腸のはたらきの弱さなどを原因とします。疲労や緊張、飲酒や睡眠不足などにより症状が悪化します。
診断基準(ROMEⅢ)
過去3カ月間、月に3日以上にわたり、腹部不快感あるいは腹痛が繰り返し起こり、以下の3項目のうち、2つ以上を満たすもの。
①便を出すと楽になる。
②便の回数に変化がみられる。
③便のかたちに変化がみられる。
現代医学的にみる過敏性腸症候群(IBS)のタイプ
①下痢タイプ
②便秘タイプ
③下痢と便秘がくり返されるタイプ
④分類不能タイプ
医院で処方される治療薬の種類
①合成高分子化合物
小腸や大腸で高い吸水性をもちます。腸内で水分を吸収して膨張し、便の硬さを調整します。下痢にも便秘にも用いられます。
②セロトニン3受容体拮抗薬
腸の筋肉運動を活発にするセロトニンのはたらきを抑えます。腸の異常な運動を改善して痛みを感じにくい状態にします。男性にのみ有効とされ、女性には用いられません。
③胃腸機能調整薬
胃腸の不規則な運動を、規則的なものに改善します。
④乳酸菌製剤
腸内環境をととのえる乳酸菌を増やします。
⑤抗コリン薬
平滑筋の収縮を抑えることで、お腹の痛みを抑制します。
病院での治療方針
病院で処方される治療薬から以下の三つの治療方針がみえてきます。
①腸管の蠕動運動を正常にする。
②腸管内の水分のバランスを正常にする。
③腸内の環境をよくするために乳酸菌を増やす。
過敏性腸症候群(IBS)と鍼灸
過敏性腸症候群(IBS)は、胃腸病の中では針灸や漢方薬の効きやすい病気といわれています。また当院においても漢方的な治療により、治癒するケースを多くみかけます。
過敏性腸症候群(IBS)の方に共通して言えるのは、下痢や便秘といったお腹の症状のほかにもいくつかお悩みの症状をかかえていることです。頭痛、肩こり、腰痛、精神的な不安など挙げればきりがありません。
そして過敏性腸症候群(IBS)の方の症状がよくなるときには、不思議なことにお腹の症状以外のお悩みも解消されていきます。このようなときには、やはり「病(やまい)」というものは、その本質をとらえなければいけないものだと思わされます。
元氣堂は、はり・灸による治療とともに食事へのアドバイスを行うなど、よりいっそう全面的な治療をおこなってまいります。どのようにして過敏性腸症候群(IBS)が起こったのか、その本質をとらえて治療法を決定します。一過性の治癒だけではなく、再発率を低下させることを目標としております。
当院での過敏性腸症候群(IBS)の鍼灸治療
当院の鍼灸治療
当院の特徴は漢方的な考え方にもとづく鍼灸治療です。鍼灸で過敏性腸症候群(IBS)に対して治療を行うとき、「患者さんの偏ったからだのバランスをもとに戻す」、「ストレスに強いからだをつくる」ことに目標をおきます。漢方的に言うと、患者さんのかたよった陰と陽、気と血、寒と熱のバランスを調えます。
このようなからだの偏りを解消することで、患者さんが本来そなえている免疫力、からだの調整能力を上げることができます。
鍼灸によるタイプ別治療、自宅でかんたんにできるお灸治療の指導、食生活の指導などで、全面的な治療をすすめてまいります。
タイプ別治療
漢方的に以下のように大きく5つのタイプに分類します。 それぞれのタイプごとに、もっとも適したツボがあります。 そのようなツボに、はりやお灸をすることで過敏性腸症候群(IBS)による不快な症状を改善していきます。
実際には、いくつかのタイプを併せている患者さんが多数をしめます。 そのようなときには、それぞれのタイプにもっとも適したツボを融合させて治療を行います。
タイプⅠ 下痢と便秘をくりかえす。 膨満感が強い、おならがたくさんでる。 お腹を締めつけたくない。 残便感がある。 ストレスにより症状が悪化する。
タイプⅡ 便はやわらかい。 もともとお腹は下しやすい。 お腹がしくしく痛む。 体力には自信がない。 疲労により症状が悪化する。
タイプⅢ 便がかたい(便秘)。 お腹が脹りやすい。 便意をあまりもよおさない。 排便後、動悸や息切れがする。 疲れやすくいつも倦怠感がある。
タイプⅣ 水っぽい下痢が多い。 朝早く便意で目を覚ますことがある。 寒がり。 とくに腰や下半身が冷えやすい。 冬季や冷えにより症状が悪化する。
タイプⅤ 便はベトベトして、水で流しても便器に残りやすい。 便やおならの臭いが強い。 胃もたれや吐き気をもよおすことがある。 口の中が不快。 お酒、脂っこいもの、辛いものなどを食べると症状が悪化する。
家庭灸のツボ
太衝(たいしょう)
足の甲の側、親指と人差し指の間、押すとひびくように感じるところ。
このツボは気のめぐりをよくします。ストレスにより悪化する過敏性腸症候群(IBS)を改善します。
足三里(あしさんり)
膝を立て、すねの外側の太い筋肉の上方、押すとひびくように感じるところ。
このツボは胃腸のはたらきを正常にします。疲労により悪化する過敏性腸症候群(IBS)を改善します。
合谷(ごうこく)
手の甲の側、親指と人差し指の間、押すとひびくように感じるところ。
このツボはとくに大腸のはたらきをコントロールします。お腹が脹る、おならやげっぷがでやすい、などガスに悩まされる過敏性腸症候群(IBS)を改善します。
三陰交(さんいんこう)
足の内くるぶしの近く、膝に向かい5~6センチほど上ったところ、骨際にある。
このツボは婦人科疾患によく用いられます。女性の過敏性腸症候群(IBS)を改善します。
陰稜線(いんりょうせん)
膝の内側、太い骨の際にあり、押すとやや痛みを感じるところ。
このツボは水分の代謝を調節します。むくみ、尿が出づらいなどにともなう過敏性腸症候群(IBS)症状を改善します。
食生活の指導
過敏性腸症候群(IBS)の人の3分の1から3分の2に食物不耐症があるといわれます。 食物不耐症とは、ある特定の食物を取ると、消化器を中心としたさまざまな症状がでる病症のことです。
たとえば、乳製品にふくまれる乳糖などを摂取するとおならが出たり、下痢しやすくなる方がいらっしゃいます。このような方を乳糖不耐症といいます。 ほとんどの方には、このようにお腹の状態を不安定にするような食べものがあります。それらを探り、食べないようにする、というのがひとつの方法です。
また過敏性腸症候群(IBS)の患者さんは、漢方的にみた場合、陰と陽、気と血、寒と熱のバランスがそこなわれています。そこで、患者さんの体質を詳しく尋ね「偏ったからだのバランスをもとに戻す」ための食事指導をしていきます。
漢方薬
桂枝加芍薬湯は下痢にも便秘にもよく効きます。
小建中湯は桂枝加芍薬湯に飴(アメ)を加えて甘くしたもので、たいへん飲みやすく、小児の過敏性腸症候群(IBS)による腹痛などにとてもよく用いられます。
また便秘とおならや膨満感が強いものには、桂枝加芍薬湯に大黄を加えた桂枝加芍薬大黄湯が用いられます。
いらいら解消のはたらきのある柴胡を含んだ、柴胡桂枝湯、逍遙散などもよく用いられます。
桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)・小建中湯(しょうけんちゅうとう)
お腹がしくしく痛い、しょっちゅうお腹が痛くなり便意をもよおす、疲れやすい、疲れると手足がほてる、もともと便がやわらかい、体質がそれほど強くないタイプに用いられる。
柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)・逍遙散(しょうようさん)
転勤、転校、転居など精神的な環境の変化で便通が不調になる、精神的ストレスにより便意をおさえることができない、ふだんから憂鬱、不安感が強い、排便後に残便感があり一日に何度もトイレに行く、便秘と下痢をくりかえす。
過敏性腸症候群の治験例
症例) 30代 男性
2~3年前から、急にお腹が痛くなるようになった。臍の周囲をつねられているよう痛む。それにともなうようにお腹がひどく張ってくる。お腹は下しやすく、しょっちゅう下痢をしている。内科を受診して、内視鏡の検査をしたところ器質的な問題は見つからなかった。ご本人いわく、父も同じような傾向で腸がよくない、とのこと。内科医に過敏性腸症候群と診断されてイリボー、トランコロン、セレキノンなどを処方されるが、いずれを服用しても症状の改善がみられない。毎朝、排便後にすっきりした感じがしない。意識がお腹に集中してしまい、仕事が手につかない。このような状況で来院された。
この方に食生活のお話をうかがうと、以前はかなり乱れており、辛いもの、お酒などでかなり体調を損なったとのこと。それ以来は控えるようにしているが、胃腸の粘膜はかなりのダメージを受けている。また性格的には緊張しやすく、いろいろなことが気になりやすいタイプとのこと。まずは正しい食生活がどのようなものかを提案して、それをご理解していただいてから、過敏な働きをしてしまう消化器系をなだめるような治療をすすめることにした。頭、お腹、背中、手足などのツボに、はり・灸を施すと、頭が軽くなりすっきりとした気分になったとおっしゃる。また背中へのお灸を終えた後は、お風呂に入っているようでたいへん気持ちが良い、とのこと。このような治療を週に一度続けることで症状の緩解を目指すことにした。3回目の治療の後からは、「便意だけ有りいざトイレに行くと出ない」といった不快な症状がなくなる。5回目の治療の後からは、ときどきお腹の痛みが気になるが内科医に処方された薬を服用しなくても下痢をしなくなった。また腹部に感じていた膨満感も気にならない、とおっしゃる。3か月後には、外出の際には気分を落ちつけるために飲んでいた薬を飲む必要がなくなる。急な腹痛、膨満感・下痢、いずれも発症しない。ご本人の満足度が8割を超えたところで治療を終了することにした。
症例)50代 女性 胃痛・吐き気・下痢
夏の暑い盛り、三日前に胃痛が始まる。この方は、日ごろから胃がよくもたれる、とおっしゃる。またときどき下痢も起こり、普段から軟便とのこと。この方が、仕事が忙しく、疲れ気味のところ、冷えたビールやアイスクリームなどを取り、お腹を冷やしてしまい、このような病状を呈することになった。近所の内医を受診されており、そのときにいただいた薬を服用しても、症状が改善せず、反って吐き気をともなうようになったので来院された。その薬を飲むのは休止している。
もともとお腹の働きがよくないタイプの方が、冷たいものをたくさん取ったときに起こる典型的な症状。主な原因はからだに侵入した冷え。治療は温めてこれを取り除くこと。正気を補い、邪気を追い払う、これに尽きる。このようなときに最適なのがお灸。お腹の下の方、とくにお臍のまわりのツボに治療を行った。その際に大事なことは、治療を行ったツボの周りが赤くなること。さらに背中のお腹と関連するツボにも治療を加えた。この治療を行うと、二日ほど何も食べたくなく実際にのどを通らなかったが、食欲が出てくる。治療の帰りにインドカレーが食べたくなった、というくらいの回復を示した。以後、順調に回復して、3回の治療で食欲が戻り、体調も元通りになったところで治療を終えた。
症例) 30代 男性
転勤にともない発症
症状 電車に乗る際の腹痛、便意急迫。会議の前の緊張による腹部膨満感。トイレに行ってもおならだけしか出ない。膨満感は日常的にある。残便感あり。下痢、水っぽい下痢が多い。一日に十数回トイレに行くが、おならだけが出て、便は出ないことの方が多い。
治療 週に一度の針灸治療、自宅でできるお灸の指導
経過 三か月で本人の感覚で7割改善。患者さんが再発防止のためにもう三カ月の治療を希望。その後、ほとんど気にならなくなったところで治療終了。
症例) 20代 男性
過労により発症
症状 疲れると下痢、残便感がありなかなかトイレから離れられない、痩せておりもともと便がやわらかい、家業を任せられているため常にプレッシャーをかかえている、胃のしくしくする痛みや頭痛、食欲不振をともなう。
治療 週に一度の針灸治療、気力を回復する食事の指導
経過 針灸治療をおこなうことで身体の奥から疲れがこみ上げてきて、治療を行った日にはぐっすり眠れる。治療してから、2カ月ほどで食欲が回復して、便の形もしっかりしてくる。治療を休止しているが、再発はない。
症例) 40代 女性
明確な原因不明
症状 便秘、市販の便秘薬を3~4錠飲まないと排便できない、放っておけばいつまでたっても便意をもよおさない、むくみ、冷えをともなう。内科では過敏性腸症候群(IBS)の便秘型と診断される。西洋薬、漢方薬、いずれも服用したが効果はあまりみられない。
治療 週に一度の針灸治療、自宅でできるお灸の指導、食事指導
経過 治療6カ月で市販の便秘薬を二日に1錠飲むことでスムースな便通ができるようになる。むくみや冷えも改善する。症状が安定しているので、週に一度の針灸治療は休止して、自宅でできるお灸を継続していただいている。
症例) 20代 女性
就職後発症
症状 新卒、就職後三ヶ月くらいに腹痛をともなうはげしい下痢を起こす、下痢が終わると便秘になる、お腹がしょっちゅう脹る、人間関係が苦手、最近は出社前に症状が悪化する、会社も欠勤しがちである。肩こり、腰痛をともなう。
治療 週に一度の針灸治療
経過 治療開始後ひと月ほどは劇的なお腹の症状の変化はない。ただし肩こりと腰痛は気持ちよく解消された。治療開始後2カ月ほどたってから、欠勤しなくなる。出勤前のお腹の症状悪化も改善される。腹痛もなく便の状態も安定してきたので、治療を休止している。
症例) 60代 男性
友人の死後発症
症状 友人の葬式に出席した翌日から、水の様な下痢が止まらなくなる、病院で処方される薬を飲むと下痢は止まるが腹部が膨満して不愉快、もともと下痢しやすい、晩酌をする、体格はがっちりしている、下痢が続いているために身体に力が入らない。
治療 食事指導、三回の針灸治療
経過 発病してから間もないため、食事指導と三回の針灸治療により、すばやく症状が回復する。まだ便は軟らかいが、日常に不便を感じないため、治療を休止する。以後、再発はない。
症例) 50代 男性
廃業後発症
症状 家業を辞めてから気分が不安定になるとともに胃痛、腹部膨満感、下痢などを起こすようになる。それまでのマイカー通勤が電車通勤に変わる。乗り物に乗ると緊張で便意をもよおす。電車や公共の乗り物が苦手になる。電車ではいつでも途中下車できるように出口の近くに立っている。最近は急に便意をもよおすのが嫌であまり外出したくない。ビールが大好きでやめられない。
治療 週に一度の針灸治療
経過 精神的にも落ち込んでいる様子がみられた。なかなか回復がみられないケースであったが、治療開始後半年を過ぎたころから、お腹の心配はあるが通勤の途中で駅のトイレを使わなくても平気になる。外出することにも自信がついてきた。8カ月を経過して、本人の感覚で7割の回復があるということなので、治療を休止して経過を観察している。
症例) 40代 女性
運動により発症
症状 ダイエット目的でウォーキングを開始したが、ある日急に便意をもよおしてトイレを探すのに苦労するということを経験した。それ以来、運動すると便意をもよおすことが多く、運動できなくなる。便は下痢気味で排便後もすっきりしない、お腹がいつも脹ってる感じがして苦しい、職場ではおならをがまんして腹痛を起こすこともある。
治療 8回の針灸治療(週に2度の針灸治療を一カ月)、食事指導
経過 刺激性の飲食物を好んでいたことから、一時的に休止していただく。針灸治療を短気集中して行ったこととあいまってすばやく治癒にいたる。便のかたちがしっかりしてくると、一ヶ月後には短い距離でウォーキングをしても便意をもよおすことはない。
症例) 40代 男性
明確な原因不明
症状 パソコンを一日中取り扱う仕事をしている。仕事のある日も休日も腸のはたらきが不安定でよくトイレに行く、便が出るときと出ないときがある、とくにストレスは感じていない、学生の時から試験中には便意をもよおし、軟便気味ではあった。便はベトベトして、水で流しても便器に残りやすい。最近は食事のたびに便意をもよおすので、その体質がわずらわしく、改善したいと思い来院。
治療 週に一度の針灸治療、減量するための食事指導、自宅でできるお灸の指導
経過 学生時代にくらべ、体重が16キロ増加したとのこと。食事内容の変更を提案する。治療開始後ひと月で、食事するたびに便意を感じることはなくなる。3カ月経過すると、便の水分が減る。また便から悪臭がしなくなる。治療開始後5カ月したところで、体重が7キロ少なくなり、排便が一日一度普通便になったところで治療休止。
症例) 20代 女性
水分の摂りすぎにより発症
症状 健康に良いと友人にすすめられて水分をできるだけたくさん飲むようにしていた。もともと便秘がちであったが、徐々に便が軟らかくなり、早朝腹痛にともなう水のような下痢がでるようになった。病院で下痢を止める薬を処方されたが、服用すると下痢は止まるが、お腹が脹って苦しい。
治療 2週に一度の針灸治療、食事指導
経過 基礎代謝が低い、冷えたからだにたくさんの水分を入れたことにより、からだが濡れたスポンジのようになっている状態でした。水分を控え、運動を提唱して、二週に一度の針灸治療を2カ月ほど続けると症状が改善しました。
症例) 30代 男性
緊張により発症
症状 新人研修の指導をしている。数年前に新入社員の前で失敗をして以来人前に立つのが恥ずかしくなる。その後出勤前に急に腹痛とともに便意がおそってきたり、お腹が脹って苦しくなる。下痢しやすい、残便感が強いのでトイレの時間が長い、おならが出やすい、ときどき臭いで自分がおならをしていたことに気づく。毎年研修の時期になると、気分がふさぎ、症状が悪化する。最近はいろいろなことに自信がなくなりふだんから気分が憂鬱なことが多い。
治療 週に一度の針灸治療、自宅でできる灸治療
経過 治療開始から一ヶ月後に、残便感が無くなっているのに気づく。3ヶ月後には、膨満感やおならの回数も減ってくる。治療と並行して新人研修をおこなったが、自信をもって仕事をすることができた。治療は10カ月で区切りをつけ、現在は自宅でできる灸治療をおこない経過を観察している。
症例) 30代 男性
5年前から一日に3~4回必ず便が出る。夜勤のある会社に勤務していて、睡眠のバランスがくずれることで発症した。食事をすると、腸が鳴りはじめる。また、すぐにトイレに行きたくなる。便の形は、軟らかめ~下痢状。睡眠不足でとくに症状が悪化する。排便後、残便感があり、なかなかトイレから出れない。消化器内科で処方されたイリボー(男性の過敏性腸症候群の薬)を服用すると症状が悪化する。冷え症も改善したい。
治療経過:週一度の治療を2カ月間行う。便の形状から軟らかさがなくなる。ひどいときには排便に10分から15分かかっていたのがスムースに終わる。排便回数が、朝一回のときが増えてきた。
症例) 30代 男性
幼少のころよりお腹が弱かった。3年前に痔瘻の手術を行った。それ以後も週に1~2回はコンスタントに下痢が起こる。仕事の疲れがたまると手足がだるくなり、ストレスを強く感じはじめると症状が悪化する。整腸剤を常飲しており、飲んでいないと不安である。便の状態を正常にしたいと思い、来院。
治療経過:週に一度の針灸治療を行っている。以前みられた下痢症状はほとんどなくなった。お腹が張って硬かったのが、柔らかくなってきた。整腸剤の服用を中止しているが、便の状態は調子の良いままである。症状を安定させるために現在も加療中である。
症例) 30代 女性
高校生のときに発症。部活でかなり強いストレスを受けたことが原因。一番つらい症状は、午前中にお腹が張ること。またお腹がよく鳴ること。朝起きたときの症状が最も悪い。現在精神科で安定剤を服用している。薬のおかげで症状が抑えられている気がするが、薬に頼ることなく生活できることを目標に来院。強い生理痛もある。
治療経過:週に一度の針灸治療。治療後には張りが軽減。数日後には、またもとにもどる。治療を続けているうちに、徐々に午前中のお腹の張りが楽になってきた。安定剤の服用を休止しているが、大きく悪化することはない。つらい症状は半減したが、さらなる改善のために治療を続けている。
症例) 20代 女性
中学生の時に発症。1日に5回くらいトイレに行くが、下痢をしたり、排便できないことがある。ひどいときには10回以上便意をもよおす。お腹が張って、ガスがたくさん出る。消化器内科で処方された整腸剤、ガス消し、安定剤などを服用しているが、それほど症状に変化がない。
治療経過:治療開始から2カ月経過して、排便回数は平均すると3回に落ち着いた。調子が良いときは2回の排便で済む。お腹の張りがなくなり、気分的にとても楽になった。電車に乗るときには、いつもトイレのことが心配だったが、最近は座って読書もできる。
症例) 40代 男性
お腹が張ってしかたがない。この2~3年でとくに症状が悪化した。お腹が苦しくなり、おならが自然に出てしまうので、周りの人から心ないことを言われる。そのため身の周りに人が近づくと緊張してしまう。便秘がちで下剤を服用しなければ排便困難である。
治療経過:週に一度の針灸治療と自宅での灸治療を行う。
ひと月後、お腹の張りが改善して、おならが自然に出ることはなくなる。その後、2週くらいして、下剤の服用なしで排便できるようになった。症状をさらに改善させるため、治療を継続している。
症例) 10代 男性
食後の腹痛、お腹の張り、お腹が痛くなることへの不安を訴える。お腹の痛みは右へいったり、左へいったり移動する。お腹は張りが強く、押されると痛みが悪化する。症状は朝いちじるしい。2~3回下痢した後に、便意をもよおしてトイレに行くが出ない。朝はとくにお腹の鳴りがひどい。ついつい学校も休みがちになる。
週に一度の鍼灸治療により、徐々に症状が楽になる。3回目の治療のときには、症状が7割改善したという。まだ症状が安定しないので引き続き治療しているが、回復傾向である。
症例) 20代 女性
中学生のころにクラスメートとトラブルを起こし、それから下痢と便秘を繰り返すようになる。夕方になると、お腹が張ってきておならがよく出る。それと同時に気持ちも悪くなる。あまり食欲がなく、時間がきたら食べる感じで、胃もたれもしやすい。生理周期が遅い傾向があり、40日。体温も低く35.5度。
治療開始後、月経が30日周期になる。体温も上がり、汗や尿の出がよくなる。食欲が出てきて下痢しなくなる。
症例) 30代 男性
2年前から下痢。いくつかの病院で検査を受けるも、特別な問題はみつからない。現在、トランコロン、コロネルを服用している。あまり効いている実感がない。下痢にともないお腹が痛くなったり、張ったりする。
治療を開始してからひと月後、痛みが楽になる。それと同時に食事の改善をすすめたところ、下痢がほぼ治癒した。お腹の張りがまだ気になるので、治療を続けているが、本人の感覚では、3割ほど改善してきている。なお、薬は現在飲んでいない。
自律神経の調整
内臓のはたらきや血管の伸び縮みは自分の意思でコントロールできません。自律神経によりそれらのはたらきは支配されています。
自律神経には交感神経と副交感神経があります。胃腸のはたらきは、そのうちの副交感神経の作用により活発になります。 ふつう仕事や運動をしているときには交感神経のほうが活発になっています。したがって、排便は起こりにくいのが正常です。
しかしストレスなどにより、自律神経のはたらきに狂いが生じると、仕事や運動をしているときにも便意をもよおします。これがいわゆる自律神経の失調であり、交感神経と副交感神経のバランスがそこなわれた状態です。
過敏性腸症候群(IBS)に対して、針灸治療をおこなうことにより自律神経は調います。それにより腸管の蠕動運動と腸管内の水分のバランスは正常に近づきます。
また腸内環境をよくするために乳酸菌を増やす、というのは食事指導により達成することできます。これにより針灸治療においても、現在の処方薬と同じようなアプローチができます。
ストレスに慣れる
過敏性腸症候群(IBS)が治癒するか否か。それは患者さんのお腹が肉体的にも精神的にもさまざまなストレスに対して、良い意味で「慣れる」、または「過敏に反応しない」ことができるかどうかにかかっています。
ストレスというものは、私たちが生きていくうえで、決して切り離すことのできないものです。いまの世の中では、ストレスは完全な悪者あつかいですが、ある程度のストレスにさらされることは健康であるために必要なことなのです。要はその程度の問題なのです。 ストレスは過剰ではよくない、しかし無ければ無いで、それはまたからだにとってよくないものなのです。
過敏性腸症候群(IBS)は、ひとたび便意をもよおしたら、いてもたってもいられないつらい病気です。トイレの不安で、通勤や仕事、日常生活にも支障をきたします。それもこれも腸管のはたらきが必要以上に敏感になっているからです。
このような場合、ふつうならそれほど問題にならない緊張や痛みを強烈なものに感じます。つまりストレスや痛みに対する感受性が必要以上に高まっているのです。 ストレスや痛みは、とても主観的なものであり、数値化することが難しいものです。同じ人でも状況により大きく変化します。
針灸治療により「からだの偏ったバランスを戻す」と自律神経が調います。すると少々のストレスや痛みに耐えることのできる「ストレスに強いからだ」を手に入れることができます。 ひとたび症状が楽になると、心理的にも余裕ができ、病気と上手に付き合っていけるようになることができます。その感覚を手に入れることこそが治癒へのファーストステップです。
針灸治療により自律神経のはたらきが調うと、たとえ大きなストレスにより一時的に便の状態が悪化しても、再び元に戻りやすくなります。つまりストレスに強いからだを手に入れることができるのです。 これは長い目でみると、一時的な治癒だけではなく、再発を防ぐことにもつながります。