第32号 ~ 面疔(めんちょう)(2008年6月)
顔の毛穴からバイ菌が入って、化膿したものを面疔といいます。
体に抵抗力のあるときは、あまり面疔になることはありません。
たとえ、顔の毛穴にバイ菌が入ったところで、元気なときにはバイ菌を殺すことができるからです。
ところが少し体力が落ちてくると、すぐに面疔ができてしまう体質の人がいます。
美食家、のぼせやすい、疲れると軟便になるタイプなどによくみられます。
いまのように抗生物質がなかった時代、いったん傷口が化膿すると体力のない人たちはいつまでたっても傷がふさがりませんでした。
わずかな傷がもとで、命が奪われてしまうことも、珍しいことではありませんでした。
したがって高熱を発し、ときに死にいたることもある面疔は、かなり怖れられた存在でした。
そんなこわ~い面疔に、ついさき頃まで鍼灸治療がよくおこなわれていました。
とくに効果を発したのが、お灸です。
なかでも「合谷(ごうこく)」というツボがよく用いられていました。
場所は手の甲、親指とひとさし指の骨をたどった交点から少し指先より、押すとかるく痛みを感じるところにあります。
江戸時代には、静岡県人の手形といわれたほど有名なツボでした。
静岡にくらす人々は、合谷に灸をすえて、面疔に対処するなどして健康管理をおこなっていたのです。
では、静岡にくらす人々が、このツボにお灸をすえるようになった訳は何なのか?
ぼくも不思議に思いましたが、じつを言うと「桜井戸の灸」という有名な灸の治療所があったからです。
「効きますか?」とたずねると、決してすえてくれない徳川お墨付きの名灸です。
この合谷というツボへ、なんと100壮、200壮とたくさんのお灸をすえます。
50壮くらいで、面疔のズキズキする痛みが止まってきます。
そこで灸をやめると、また痛みだすので続けてすえます。
そうすると痛みが止まって、ひとりでに口が開いて膿が排出されるということです。
このお灸の治療所、静岡県の草薙にありました。
当時は、「合谷の灸」をもとめて地方から、人がわんさと押し寄せていました。
多いときには、一日に500人の治療をしたそうです。
草薙は静岡市の中心部から少しはなれたところにあるので、人々が不便を感じたのでしょう。
東海道線に新たな駅がつくられることになりました。
国鉄草薙駅は灸の治療所のためにもうけられたということです。
時代変わって現在。
面疔はそれほどおそろしい病気ではなくなりました。
抗生物質をはじめとする、新薬の開発により、そうひどいことにはならなくなったからです。
では「合谷の灸」の使いみちはなくなったかというと、決してそうではありません。
今でもにきび、顔面神経麻痺、目の疲れなど顔のさまざまなトラブルに用いられています。
ときが移れば、病も変わり、ツボの使われ方も変わっていくもののようです。
ある漢方家のご子息。
にきびに「合谷の灸」より、クレ○ラシルを使ったとかで大目玉を喰ったとか…
時代の流れでしょうか。