第40号 ~ 吐かせる(2009年2月)
「自分がどのくらいの量の酒を飲むことができるのか」まだ把握できないころ、飲み過ぎによる嘔吐を何度も経験しました。
そしてそのあとはげっそり疲れたような、それでいてすっきりしたような気分で眠りについた記憶があります。
このようにひとのからだは、度を越した量の飲食物やからだに害のあるもの、苦手なものが胃の中に入ると、それを吐き出そうとする習性があります。
ところがかわいそうなことに、食べ過ぎ飲み過ぎのときに吐くことを許されない職業にお相撲さんがあります。
ひょろひょろの細いからだにつとまる稼業ではありません。
からだを大きくするためには食べるのも稽古のうちですから、一日に五食も六食も詰め込んで吐くことは許されません。
それでもからだをこわさないわけは、猛稽古により鍛え上げられた強靭な体力に支えられているからです。
さて、私たちがお相撲さんのまねをするとどうなるでしょう。
結果はふたつの方向に分かれます。
ひとつは、それをからだに吸収するパターンです。
筋肉として、あるいは脂肪として。その人なりの体質、生活スタイルや運動量によってどちらかが多く身に付きます。
もうひとつは、からだが拒否するパターンです。
内臓にもそれぞれ個体差があり、消化能力にも優劣があります。
ひとによっては消化できる質量を超えた飲食物がからだに入り込むと、内臓が消化作業を放棄してしまいます。
その現われが「吐くこと」であり下痢することなのです。
そう考えてみると、飲食物を吐くということは立派な自衛の反応でもあるようです。
自宅にずかずか入り込んでくる無法者には、退散していただかなければならない、そういう理屈です。
漢方では、食べ過ぎ・飲み過ぎによりお腹に停滞した飲食物を、健康を乱し病気を引き起こす有害なものとして「邪(じゃ)」とみなします。
そしてそれを追い払うような治療法を用います。
それが「吐かせる」ことです。このようなとき、漢方薬では催吐(さいと)薬というものが使用されます。
文字通り、吐くことを催させる薬のことです。
塩をフライパンで炒ってきつね色にしてお湯に溶かしたものもその一つです。
その際には気分よく「吐かせる」ことが大事です。
塩を含んだお湯を飲んで10分から20分たっても吐けないときは、羽毛や指で喉を刺激したり、さらにお湯を飲ませるのも効果的です。
なお「吐かせる」という治療法は、非常に体力を消耗させます。
決して安易に用いるべき治療法ではありません。からだが虚弱していたり、極端に体力が低下しているひとには不向きといえます。
もちろん、もともとからだに必要な飲食物を、食べ過ぎることで邪に変えてしまわないようにすることが大事なことは言うまでもありません。